これまでの流産

お母さん

私の母との関係は“親友"のような何でも話せる仲です。
主人とまだ恋人同士だった頃も、恋愛の悩みもよく相談していました。私の過去の誰にも言えないドロドロな恋愛事情も母だけには話しているんです(笑)

でもでも、もう私はお嫁に行った身だし、なるべく母には心配をかけたくない。私は嫁いだ遥か遠い地で幸せに暮らしている、と安心してもらいたい。

だから、二回流産した時も話さなかったんです。
けれど。。。
時々、母から世間話の電話が掛ってくるのですが、久しぶりに母の声を聞いた時、思いもかけず今まで堪えていたものが噴き上げるように、嗚咽してしまいました。
もちろん母はどうしたの〜!?とただ驚くばかり。
私は今までの流産のことを泣きながら話しました。

妊娠が分かった時のこと、病院行くたびに不安になったこと、流産宣告を受けた時のこと、情緒不安定で診療内科に行こうと思ったこと。
母は「・・・こんなに辛い事はないね・・・。お母さん今からそっち行こうか?大丈夫?」
と落ち着いて優しく言ってくれました。でも私は、母と話ができただけで心がスーッと軽くなった気持ちがしたので、電話の最後には笑顔にもなれて「大丈夫だよ」と言えたのです。

三回目の時、私は全く知らなかったのですが母が私名義で保険に二つ入っていることを教えてくれました。

その母が掛けてくれていた二つの保険のおかげで、通院・入院・手術が適応されて計65万円もらえました。
母に「このお金は、これからかかる検査代に使いなさい」と言ってくれたので、その言葉に甘えて大事に置いています。

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三度目の流産

二回流産が続いたので、習慣性流産の検査をした方が良いと言われかかりつけの個人病院から医療センターへ紹介状を書いてもらいました。
保険適用の不育症検査をして、プロラクチンの値が少し高いことが分かり(直接流産の原因ではないけど)カバサールという薬を飲み正常値に戻しました。
その他に原因が見当たらなかったのでリスクや根拠について同意の上、夫リンパ球移植をしました。

検査も終わり、先生から妊娠の許可をもらえたのが今年4月下旬でちょうど排卵日辺りだったのですが、なんと、その二週間後に妊娠していることが分かりました。

流産後は妊娠しやすいと聞いていたけど、今まで三回の妊娠とも100発100中です!!(×言い方悪いかな)
今度こそ!!赤ちゃん頑張れ!!と願い、一日一日を過ごしていました。恐れていた出血も茶オリが少しあるくらいで、5週目には丸々とした胎嚢も見えました。
しかし、6週になっても7週になっても胎嚢だけが成長して、やっと見えた心拍も弱いと言われ、赤ちゃんはわずか6ミリで亡くなってしまい流産宣告されました。

心拍が見えずにまた流産になるのか不安だったあの日々は、本当に辛かったです。家でも寝たきりで、家事を主人に任せて申し訳ない気持ちでいっぱい。
三度目ともなると、事の重大さに気付いてこの先赤ちゃんを抱ける日が来るのかそればかり考え、夜になると気持ちが不安定になりました。
特に手術後は不安定で、主人の前で「ツラいよ〜もう嫌だよ〜〜もう何もしたくないよ〜これ以上頑張れないよ〜」と大泣きしてしまいました。
主人は困惑しながらも(今まで主人の前で泣いたことがなかったので)、必死に慰めてくれていました。
今思えば、主人こそ誰にも気持ちを打ち明ける人がいないで本当に辛い思いをしていたはずです。
なのに、子供みたいに毎晩泣いたりイライラして八つ当たりする私に、嫌な顔せず夜遅くまで話を聞いてくれたり抱きしめてくれたりしました。

この頃の私は、毎日毎日飽きもせずネットやmixiで“不育症"についてとことん調べていました。
そして今の病院でできる検査は不十分だということに気付き、不育症専門の病院で検査を受けないといけない!と強い、mixiで知り合った方に病院を紹介してもらいました。

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病院の待合室で読んで号泣してしまいました。

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二度目の流産

前回の流産から、“生理が一度きたら妊娠していいよ"と先生に言われました。

私たちはすぐにでも子供が欲しかったので(今思えば、結婚したばかりだから焦らなくてもいいのにと思いますが)、基礎体温を毎朝つけるようにして、排卵日辺りに一日おきにHしました。

すると、高温期が19日間も続いたので妊娠したんだ!と思いました。
妊娠検査薬をしたら予想通り、プラス反応でした。
流産からわずか二ヶ月後のことです。
私も主人も大喜びしましたが、前回のこともあるのでわりと冷静だったような気がします。

ところが心拍が確認できる頃に病院に行こうと思っていたのに、またその日を待たずして出血・・・。
病院へ走ると、止血剤とアスピリン、それから黄体ホルモンを維持する薬をもらい「安静にしていた方がいい」と言われました。

それから私の寝たきり生活が始まりました。
主人は仕事で忙しく帰りも遅かったのに掃除・洗濯もしてくれ、結婚して一度も台所に立ったことがなかったのにカレーを作ってくれました。
私が不安でいると「大丈夫!お母さんが信じてあげないでどうする」と言ってくれたり、夜は私のお腹に手をあてて「赤ちゃん頑張れよ〜」と言っていました。

私はトイレに行くたびに出血してないかドキドキして、出血するたびに恐怖で主人にメール。大出血した日は“もうダメだ"と思いどうしていいか分からず、主人の会社へ電話してしまいました。

一時は胎嚢も見えましたが、形がいびつになり進行流産と診断されました。

手術の日は主人の仕事が忙しかったけど、社長さんが「奥さんに付いてあげなさい」と言ってくれたらしく、ずっと付いてくれていました。
麻酔から覚めるまでずっと私は「痛いよ〜痛いよ〜」とか主人の名前を連呼していたようです。

本当に悲しくて立ち直るにも時間がかかったけど、この人と結婚できて本当に良かったと心から思うことが出来ました。
家の神棚に、赤ちゃんのエコー写真(胎嚢しか写っていませんが)を置きました。

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一度目の流産

結婚式が終わった二週間後に、オーストラリアへハネムーンに行きました。期間は一週間で、実は旅行中に生理が来る予定だったんです。
せっかく海で泳ぐために水着も買ったのに生理になったら最悪だなーと思っていたんだけど、帰国しても生理は来ませんでした。

生理はいつも順調だったのでもしや!?と思い、薬局で妊娠検査薬を買ってきてトイレで試すとすぐ陽性が出て、驚きました!

結婚式が終わってから妊娠解禁したので避妊はしていなかったけど、一ヶ月目でめでたく妊娠するとは思ってもいなかったのです。

主人も私も子供が好きで、早く欲しいねとは話していました。
主人が仕事から帰ってくるのを待って妊娠したかもと告げると、主人は嬉しそうに照れ笑いをしていました。
今でもその嬉しそうな主人の顔は忘れられません。

一週間後くらいに病院へ行こうと思っていたのですが、三日たたない内に出血が始まり、病院へ行くと胎嚢の確認もできず「ごく初期の流産ですね」と言われ、手術もありませんでした。

妊娠発覚から流産までわずか三日間だったので、赤ちゃんができた実感もないままサヨナラで化学流産となりました。
主人も残念がっていましたが「またすぐに赤ちゃん来てくれるよ。」と明るく接してくれたので、私も早く立ち直ることができました。

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